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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)98号 判決 1999年5月13日

神奈川県南足柄市中沼210番地

原告

富士写真フィルム株式会社

代表者代表取締役

宗雪雅幸

訴訟代理人弁理士

大塚文昭

同弁護士

松尾和子

同弁理士

須田洋之

同弁護士

岩瀬吉和

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

片寄武彦

井上雅夫

小池隆

主文

特許庁が平成9年異議第73128号事件について平成10年2月9日にした決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の求めた判決

主文第1項同旨の判決。

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年11月22日、発明の名称を「画像記録方式」とする特許出願をし(特願昭63-293598号)、平成8年10月3日、特許第2568907号として設定登録を受けた。

これに対し、平成9年7月8日、コニカ株式会社から特許異議の申立てがあり、平成9年異議第73128号として審理された結果、平成10年2月9日、「特許第2568907号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」との決定があり、その謄本は平成10年3月9日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

1) 複数の発光素子から波長の異なる光を個別に発光せしめて感光材料を露光して画像記録を行うとともに、前記波長の異なる光のうち光出力の変動が最も大きい波長の光による露光により前記感光材料のイエローを発色させるようにした画像記録方式。

2) 複数の発光素子から波長の異なる光を個別に発光せしめて感光材料を露光して画像記録を行うとともに、前記発光素子の光出力の変動を補正する補正手段を設け、補正された前記複数の発光素子の各光出力のうちで最も光出力変動誤差の大きい波長の光による露光により前記感光材料のイエローを発色させるようにした画像記録方式。

3  決定の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は前項のとおりである(特許請求の範囲の請求項1、2の記載)。

(2)  引用刊行物記載の発明

取消理由通知において引用した引用例1(特開昭63-18346号公報。本訴甲第4号証)には、感光材料のイエロー、マゼンタ、シアンの各色を、複数のレーザー光源からの波長の異なる3つのレーザー光で露光しそれぞれを発色させるハロゲン化銀写真感光材料の露光方法において、イエローカプラーを、最も波長の短い光を用いてより長波長の光を用いた場合と比較してより高濃度で発色させること(表1。本判決別紙参照)が開示され、また、引用例2(特開昭57-84674号公報。本訴甲第5号証)には、半導体レーザーを光源に用い、画情報に基づいて変調されたレーザービームで走査を行う画像記録装置において、画像記録開始前に半導体レーザーを駆動し、その光出力のモニター電流を一定値にするような半導体レーザーの駆動電流を求め、この駆動電流を前記画像記録時間内での半導体レーザーの駆動電流として用いること、また、サンプルホールド回路を採択しそこにモニター電流を入力することが記載されている。

(3)  決定がした対比・判断

<1> 本件請求項1に係わる発明(本件第1発明)について

本件第1発明と引用例1の発明とを明細書の記載内容について比較すると、波長の異なる3つのレーザー光を用いて感光材料のシアン、マゼンタ及びイエローのそれぞれを発色させる際、波長の最も短いレーザー光によってイエローを発色させる点で実施形態上差異はない。そして、感光材料のイエローの発色を、波長の異なる複数の光のうち光出力の変動が最も大きい波長の光によって露光する点で構成上相違するものの、半導体レーザーにおいて、レーザー光の発振波長は駆動電流の増加と共に短くなること(特開昭58-73174号公報(本訴甲第6号証)2頁右上欄)、半導体レーザーに電流を流すとジュール熱が発生して温度が上昇し発振に必要な「しきい値電流」が増大し、その結果レーザー素子温度が再び上昇すること(特開昭54-12283号公報(本訴甲第7号証)1頁右下欄)、レーザーダイオードでは、温度変化に対してその光出力が非常に変化し、温度が高温になるにつれて一定の電流値では光出力が減少すること(特開昭62-296575号公報(本訴甲第8号証)1頁右下欄)がいずれも本件出願時当業者からみて周知の技術的事項といえるから、これらを総合すると、波長の最も短いレーザー光が光出力の変動が最も大きい波長の光であることは本件出願時自明の事項であったとみることができる。

してみると、感光材料のイエローの発色を、波長の異なる複数の光のうち光出力の変動が最も大きい波長の光によって露光する点は、単なる設計事項とみるのが相当である。そして、作用効果においても格別の差異を生じるとはいえない。

したがって、本件第1発明は引用例1に記載された発明である。

<2> 本件請求項2に係わる発明(本件第2発明)について

本件第2発明は、本件第1発明の画像記録方式に発光素子の光出力の変動を補正する補正手段を採択したものといえるが、本件第1発明についての判断が上記のごとくである以上、該補正手段が記載された引用例2の発明と単に組み合わせた程度のものとするのが妥当である。

(4)  決定のむすび

以上のとおり、本件第1発明は引用例1に記載された発明であるから、特許法29条1項3号の規定に違反してなされたものであり、また、本件第2発明は引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項に違反してなされたものである。

したがって、本件第1及び第2発明に係る特許は、特許法113条2号に該当する。よって、結論のとおり決定する。

第3  原告主張の決定取消事由

1  取消事由1(引用例1の認定の誤り、一致点の認定の誤り)

決定は、引用例1中の表-1には、感光材料のイエロー、マゼンタ、シアンの各色を、複数のレーザー光源からの波長の異なる3つのレーザー光で露光しそれぞれを発色させるハロゲン化銀写真感光材料の露光方法において、「イエローカプラーを、最も波長の短い光を用いてより長波長の光を用いた場合と比較してより高濃度で発色させること」が開示されていると認定している(決定の理由の要点(2))。しかし、以下に主張するとおり、この認定は誤りである。この結果、決定は本件第1発明との間の一致点を誤って認定したものであり、この誤認は決定の結論に影響を及ぼす。

(1)  引用例1に開示された画像記録方式は、イエロー発色層をその補色である青(ブルー)により露光し、マゼンタ発色層をその補色である緑(グリーン)により露光し、シアン発色層をその補色である赤(レッド)により露光する、というネガカラー画像形成方式における従来の手法をそのまま採用しているにすぎない。イエロー発色層か感光極大波長領域を有するとされている領域は410~470nmであるが、これは青(ブルー)の波長領域であり、マゼンタ発色層が感光極大波長領域を有するとされている520~590nmは緑(グリーン)の領域であり、シアン発色層が感光極大波長領域を有するとされている600~633nmは赤(レッド)の領域である。このように、引用例1は、カラー画像記録方式において、露光する光源光のこのような波長とその露光により発色する色の関係を補色関係とする、という従来の手法の考え方をそのまま採用したものである。

したがって、引用例1に記載の発明をもって、決定が認定したように「イエローカプラーを、最も波長の短い光を用いて発色させる」というような形で一般化して把握できるものではなく、従来のカラー画像記録方式における手法そのままに、イエロー発色層をその補色である410~470nmの波長領域の光により露光することを開示しているにすぎない。

(2)  また、決定は、「本件第1発明と引用例1の発明とを明細書の記載内容について比較すると、波長の異なる3つのレーザー光を用いて感光材料のシアン、マゼンタ及びイエローのそれぞれを発色させる際、波長の最も短いレーザー光によってイエローを発色させる点で実施形態上差異はない」と認定している(決定の理由の要点(3)<1>)。しかし 引用例1には、イエロー発色のために、当該イエローに対する補色に比べて著しく長波長側にある670nmの波長の光で露光を行うことは示されていないので、決定の上記認定は誤りである。

2  取消事由2(先行技術についての認定の誤り)

決定は、特開昭58-73174号公報(甲第6号証)、特開昭54-12283号公報(甲第7号証)及び特開昭62-296575号公報(甲第8号証)に記載されている事項を挙げて、これらの記載事項が「いずれも本件出願時当業者からみて周知の技術的事項といえる」とし、さらにこれらの記載事項を総合すると、「波長の最も短いレーザー光が光出力の変動が最も大きい波長の光であることは本件出願時自明の事項であったとみることができる」と認定している(決定の理由の要点(3)<1>)。上記各公報に決定認定のとおりの記載事項があることは争わないが、これらの記載事項を前提としてした決定の上記認定は、以下に述べるとおりの理由により誤りである。

(1)  決定は、特開昭58-73174号公報が、「半導体レーザーにおいて、レーザー光の発振波長は駆動電流の増加と共に短くなること」を開示しており、この開示内容が本件出願時当業者からみて周知の技術事項であるとしているが、甲第9号証(工学図書株式会社刊「光通信素子工学-発光・受光素子-」)の246頁の図4.40によれば、その誤りは明らかである。

(2)  決定は、本件出願時「波長の最も短いレーザー光が光出力の変動が最も大きい波長の光であること」は自明であったと認定したが、このような技術事項は一般論として本件出願時に存在していたものではなく、かえって、甲第10号証(三菱電機株式会社半導体事業部発行「'87三菱半導体 光半導体素子編」によれば、このような事項は本件出願当時自明のものでなかったことが明らかである。

(3)  引用例1の開示内容と特開昭58-73174号公報、特開昭54-12283号公報及び特開昭62-296575号公報に開示された内容とを組み合わせることも妥当でない。

引用例1に記載の発明は、波長が異なる3種類の光源のうち、1つを半導体レーザー(及びSHG素子)とし、残りの2つをHe-Neガスレーザーとするものである。一方、特開昭58-73174号公報、特開昭54-12283号公報及び特開昭62-296575号公報に記載されているのは、いずれも単一の半導体レーザーが有する特性に関する事項であって、He-Neガスレーザーとは無関係である。したがって、これらの公報に記載されている事項は、引用例1に記載の発明における光源のうち半導体レーザーにのみ適用可能であり、ガスレーザーには適用できないということになり、引用例1に記載の発明における波長が異なる3種類の光源相互の関係について、これらの公報は何ら開示するものではないというべきである。

(4)  被告が提出した乙第1号証(小瀬輝次外4名編「光工学ハンドブック」)及び乙第2号証(レーザー学会編「レーザーハンドブック」)にも、本件発明が問題としている光出力変動についての半導体レーザーと他のレーザーとの比較に関する記載は全く存在しない。被告は、「半導体レーザーは他のレーザーに比較して、出力変動が大きい」ことが周知であると主張するが、乙第2号証もこの主張を裏付けるものではない。

(5)  以上のとおり、決定において指摘されているような技術的事項は現実に存在せず、かつ、本件出願時自明でもなかったし、「波長の最も短いレーザー光が光出力の変動が最も大きい波長の光であること」を認定するに際し、上記各公報に記載された事項を引用したのも誤りである。

3  取消事由3(第2発明における進歩性判断の誤り)

上記のとおり、本件第1発明は、引用例1に記載された発明ではない。決定は、本件第1発明が、引用例1に記載された発明であるとの認定を前提として、本件第2発明の進歩性を否定しているが、これは、本件第1発明についての誤った認定を前提とするものであり、誤りである。

第4  決定取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1(引用例1の認定の誤り等)について

(1)  引用例1の表-1には、実施例1(引用例14頁)に記載された青感光性塩臭化銀乳剤並びにイエローカプラー(Y-1)を含む層1、緑感光性塩臭化銀乳剤並びにマゼンタカプラー(M-1等)を含む層3、赤感光性塩臭化銀乳剤並びにシアンカプラー(C-1)を含む層5の各層を塗布層として含むハロゲン化銀カラー写真感光材料を、露光装置-1(13頁右下欄)を用いて露光を行った実験結果が示されている。Y、M、Cは、それぞれ、イエローカプラー、マゼンタカプラー、シアンカプラーを表し、また、B、G、Rは、表-1の下に記載されているように、それぞれ、436nmを中心とした光、546nmを中心とした光、644nmを中心とした光を表す。なお、表-1の説明で「B…436nmを中心とした光」と記載されているのは、青色光源としてGaAs(発振波長、約900nm)とBaNaNb5O15のSHG素子との併用によって、発振波長が半分にされている、すなわち、第二次高調波とされているためである。露光装置-1は、引用例13頁右下欄に記載されているように、青色光源としてGaA s(発振波長、約900nm)とBaNaNb5O15のSHG素子、緑色光源としてHe-Neガスレーザー(発振波長、約540nm)、赤色光源としてHe-Neガスレーザー(発振波長、約633nm)を組み合わせたものである。

表-1の「(本発明)露光装置-1」の欄において、B列、G列及びR列の各列がY行、M行及びC行の各行と交差する各欄の括弧内の数値は、各波長の光によって発色する各色の相対濃度比を表している。この相対濃度比の各数値を比較すると、イエローカプラー(Y)は、436nmを中心とした光(B)による露光の場合が、他の光、すなわち、546nmを中心とした光(G)、644nmを中心とした光(R)による露光の場合と比較してより高濃度で発色されていることは明らかである。

したがって、「イエローカプラーを、最も波長の短い光を用いてより長波長の光を用いた場合と比較してより高濃度で発色させること」が開示されているとした決定の認定には誤りはない。

(2)  本件第1発明と引用例1の発明とは、実施例レベルでは、イエローの発色に使用される光の波長が相違する。しかし、本件第1発明には、イエローに対する補色に比べて著しく長波長側にある波長の光、例えば670nmの光で露光を行う点が構成要件として記載されていない。したがって、引用例1には、イエロー発色のために、当該イエローに対する補色に比べて著しく長波長側にある670nmの波長の光で露光を行うことが示されていないことを理由として決定の認定の誤りをいう原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものである。

しかも、本件明細書には、「露光装置の光源として、半導体レーザーと、このレーザー光の波長を1/2に変換する第2高調波発生素子(以下、SGH素子という)によって形成することもできる。この場合には、青光を射出する光源が構成できるため、後で詳述する感光材料として、赤色光感光性層、緑色光感光性層、青色光感光性層の3層からなる構成のものを適用すると有利である。」と記載されている(6欄36行ないし42行)。この記載内容からみても、上記原告の主張は理由がない。

2  取消事由2(先行技術の認定の誤り)について

(1)  決定が特開昭58-73174号公報、特開昭54-12283号公報及び特開昭62-296575号公報を用いた趣旨は、本件明細書の実施例及び引用例1のいずれも、イエローを発色する光源として半導体レーザーを用いる点で共通するから、その点に着目して半導体レーザーの特性を明らかにしようとしたためである。したがって、上記各公報には半導体レーザーについてのみ記載され、光源相互の関係についての記載がなくても、少なくともその組合せ自体をもって合理性を欠くものとすることはできない。

本件明細書には実施例として半導体レーザーが記載されているが、本件発明の特許請求の範囲では、光源として何を用いるかについて何ら限定がないから、上記のような組合せの是非が問題になる際、光源の違いは意味がない。

(2)  小瀬輝次外4名編「光工学ハンドブック」(乙第1号証)には、「半導体レーザーの縦モードは、他のレーザーと比べて、温度変化、レーザー光への光帰還によって変化を受けやすい。」(287頁20ないし23行)と記載されており、引用例1に記載の発明の出願時において、半導体レーザーは、他のレーザーに比較して出力変動が大きいということは周知の事項であった。そして、引用例1に記載された発明は、イエローを発色させる光源として半導体レーザーを用い、他の色を発色させる光源としてHe-Neガスレーザーを用いており、引用例1の3頁左上欄11行ないし15行には「He-Neガスレーザーとはガスレーザーの一種であり、安定性が高いこと、寿命が長いこと、消費電力が少ないこと、小型しかも安価であることから、本発明のごとき、半導体レーザーとSHG素子による光源との組合わせにおいて有利である。」という記載もある。

また、レーザー学会編「レーザーハンドブック」(乙第2号証)には、次の記載がある。

<1> 273頁ないし274頁の18・2・2「0.8μm帯AlGaAsレーザー」には、引用例1において青色光源(発振波長約830nm)として用いられているGaAlAs半導体レーザーの温度特性として、温度の上昇と共にしきい値電流が増大して光出力が小さくなること((18.5)式)が記載されている。

<2> 281頁ないし282頁の18・4・1「電流-光出力特性」(特に282頁左欄下から13行以下)には、半導体レーザーのしきい値電流は温度と共に変化するから、定電流動作では周囲温度が変わると光出力が大きく変化することが記載されている。

<3> 283頁ないし284頁の18・4・3「縦モード」には、半導体レーザーの縦モードは、直流電流の増加又は周囲温度の上昇、すなわち発振領域の温度上昇と共に長波長側の隣のモードに飛び移っていくという記載があり、この記載は、半導体レーザーは、温度上昇によるモード変化の際、モード間の競合により光出力変動が生じやすいということを示している。(特に284頁左欄11行以下)

<4> 284頁ないし285頁の18・4・4「動特性」には、半導体レーザーには、一種の共振状現象が原理的に存在し、過渡応答時には緩和振動といわれる減衰振動が現れ、光出力が変動することが記載されている。(284頁右欄2行以下)

上記の各記載事項からみると、半導体レーザーは、そのしきい値電流の温度依存性が強く、温度変化によるしきい値電流の変化により光出力が大きく変動すること、また、温度変化により、縦モードが変化し、モード間競合により光出力が変動すること、さらに、半導体レーザー固有の緩和振動という現象により光出力が変動するととは周知である。半導体特有の出力変動が追加されるのであるから、半導体レーザーはガスレーザーより出力変動が大きいことは周知事項であると言える。

以上の周知事項と引用例1の記載事項からみて、引用例1には、光出力の変動が最も大きい波長の光による露光でイエローを発色させたものが記載されているというべきである。

(3)  したがって、波長の最も短いレーザー光によってイエローを発色させている引用例1の実施例(表-1を含む)の場合、その波長の最も短いレーザー光が、光出力の変動が最も大きい波長の光であるといえるから、本件第1発明が引用例1に記載された発明であるとした決定の判断に誤りはない。

3  取消事由3(第2発明の進歩性の判断の誤り)について

本件第1発明は引用例1に記載された発明であるから、本件第2発明は、引用例1の発明と補正手段が記載された引用例2に記載された発明とを単に組み合わせた程度のものとするのが妥当である。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由2(先行技術の認定の誤り)について判断するに、半導体レーザーにおいて、審決認定のとおり、<1>レーザー光の発振波長は駆動電流の増加と共に短くなること(特開昭58-73174号公報2頁右上欄)、<2>半導体レーザーに電流を流すと、ジュール熱が発生して温度が上昇し、発振に必要なしきい値電流が増大し、その結果レーザー素子温度が再び上昇すること(特開昭54-12283号公報1頁右下欄)、<3>レーザーダイオードでは、温度変化に対してその光出力が非常に変化し、温度が高温になるにつれて一定の電流値では光出力が減少すること(特開昭62-296575号公報1頁右下欄)が、それぞれの公報に記載されていることは原告も争わないところであるが、原告は、これらをもって本件出願時周知の技術的事項といえるとした決定の認定、判断を争っているので検討する。

まず、甲第4号証によれば、引用例1に記載の発明は、波長が異なる3種類の光源のうち、1つを半導体レーザー(及びSHG素子)とし、残りの2つをHe-Neガスレーザーとするものであると認められる(引用例1の特許請求の範囲の記載)。そして、上記各公報に示される<1>ないし<3>の記載事項を総合すると、半導体レーザーにおいては、電流を増大すると波長が短くなり、素子温度が上昇し、一定電流では出力が減少するという知見が得られるということはできるが、この知見から、引用例1に記載の発明のように半導体レーザーとガスレーザーが併用された装置において、波長によって素子温度の上昇が異なるとの知見、あるいは、波長によって光出力の減少の度合いが異なるとの知見に直ちに結び付くものと認めることはできない。

2  他方、甲第1号証によれば、本件発明の実施例として半導体レーザーを扱う場合の光出力変動の大きい光について、本件明細書には、「その結果、発光する光の波長毎に、光出力が低下する度合が異なることが明らかになった。また、波長の短い光を発光するLDほど消費電力が大であり、従って発熱量も大きくなり、これに起因して光出力が低下する度合も大きくなることが明かになった」(3欄10行ないし14行)と記載されていることが認められる。

これによれば、要するに、半導体レーザーにおいては、光出力変動の大きい光とは波長の短い光のことであるということがいえるにしても、半導体レーザーとの限定がない(ガスレーザーと半導体レーザーを包含する)本件発明の特許請求の範囲の下では、仮に発熱量に起因して光出力が低下する場合に、ガスレーザーと半導体レーザーにおいて光出力の低下の度合いが同じであることが明らかとはいえず、また、このことが技術常識となっていることを認めるべき証拠もない。したがって、本件発明においては、光出力変動の大きい光が波長の短い光に相当するものであると単純に認めることができない。

そうすると、上記各公報の<1>ないし<3>の記載事項から、波長の最も短いレーザー光が光出力の変動が最も大きい波長の光であると導くことはできず、「波長の最も短いレーザー光が光出力の変動が最も大きい波長の光であることは本件出願時自明の事項であった」との決定の認定は是認することができない。

3  被告は、乙第1号証(小瀬輝次外4名編「光工学ハンドブック」)及び乙第2号証(レーザー学会「レーザーハンドブック」)を提出して、半導体レーザーはガスレーザーより出力変動が大きいことの裏付けとするが、乙第1号証及び第2号証によっても、半導体レーザー以外の他のレーザー(ガスレーザー等)よりも、半導体レーザーの方が出力変動が大きいことが記載されているものと認めることはできない。

また、甲第4号証によれば、引用例1には、レーザー光源の光出力の変動に関しての記載が全くないことが認められ、引用例1から、光出力の変動が最も大きい波長の光による露光でイエローを発色させているとの事項を推測することもできない。

したがって、引用例1には、光出力の変動が最も大きい波長の光による露光でイエローを発色させたものが記載されているとする被告の主張事実を認めることはできない。

4  そうすると、決定は、本件出願時における先行技術についての認定を誤ったものというべきである。そして、この誤認は、「感光材料のイエローの発色を、波長の異なる複数の光のうち光出力の変動が最も大きい波長の光によって露光する点は、単なる設計事項とみるのが相当である」との認定に影響を及ぼし、ひいては本件第1発明は引用例1に記載された発明であるとした決定の結論、及び本件第2発明は引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした決定の結論に影響を及ぼすものであることが明らかである。

第6  結論

よって、取消事由1について判断するまでもなく、決定は取り消されるべきであり、主文のとおり判決する。

(平成11年4月20日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

別紙

<省略>

B…436nmを中心とした光

G…546nmを中心とした光

R…644nmを中心とした光

( )内は各波長における相対温度比。

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